県立甲府第一高等学校に、ほど近い山の手通り沿いに「靴工房 YUTA MITSUMORI」があります。決して広くはない工房で、靴の修理、オーダー靴の製造に黙々と取り組む「代表 三森 勇太氏」にお話を伺いました。
靴工房 YUTA MITSUMORI 代表
大学の教育学部卒業後教師の道へは進まず、靴職人を目指す。大学時代から中野の著名な製靴教室に毎週通い、靴づくりを学ぶ。卒業後、都立城東職業能力開発センター台東分校製靴科に進み、靴づくりの基礎を学ぶ。婦人靴メーカー、靴修理の現場で経験を積み独立。靴修理、オーダー靴製造販売の「靴工房 YUTA MITSUMORI」を甲府でオープン。
当然教師になるものだと、ご本人もご家族も思いながら大学に通学している時、靴作りを教えてくれる教室があることをふとしたきっかけで知り、中央線一本で通える中野という地の利もあって、製靴教室に通うことになったそうです。ある意味、その教室を主宰していた著名な靴職人さんとの出会いから、三森さんの靴作りへの道が始まったと言えるかもしれません。大学在学中は、その先生に師事し、手縫いで作り上げる靴のデザイン・製造工程などを学び、大学卒業後、製靴の基本からもう一度学び直すために、職業訓練校に一年間通いました。その後も、経歴で紹介したとおり、量産靴メーカー、靴修理の現場などで経験を積み、自分でオリジナルの靴を製造できるようになりました。初めは、親族、友人の靴を材料費だけで作っていたそうですが、評判も上々であったことから、お客さんからきちんと対価をいただくプロとして、腹を括って自分の店を開くことにしました。プロの靴職人としてやっていくのは、やはりセミプロとは違い、厳しいことも多くあり、継続していくことの難しさを肌で感じたとおっしゃっていました。ただ、関係者に靴を作っていた時のみんなに喜んでもらいたいという情熱は、今でも忘れないよう、その時の靴も店に置いてありました。
三森さんは、ご自分のことを自ら靴職人とは言いません。まだまだ、勉強が足りない、経験し吸収しなければならないことも多く、現状ではとても職人とは言えないと何度もおっしゃっていました。素人が製靴業界の話を聞いたり、書物を読んだりしてもその奥の深さは計り知れないことがわかります。三森さんは、その奥深さと謙虚に向き合い、今後も靴修理、製靴をとおして、多くのことを学び、日々進化していかれるのだろうと思います。
「正直、個人の技量で生きていく職人と言われる生活は、厳しく苦しいことの方が多い。ただ、お客さんが靴修理やオーダー靴製造で、喜んでくれた時の瞬間は、何ものにも代えられない達成感、やりがいを感じることができる。」と仕事の喜びを率直に語っていました。「これから若い方が、職人業界へ進むのであれば、昔の徒弟制度とはかなり様変わりはしているが、組織の一員として働くのとは大きな違いがあり、つらいことも多くあること、最後は自分が全てを負うことを理解し、我慢強く続けていくことができるのかをよく考えたほうが良いと思う。取り組む仕事そのものが好きであること、上手くなりたいという欲求が強いことは当然必要だ。」、また、「昔の職人像とは変わっていかなければとも考えていて、『職人だから、本業以外はやらない、専門以外のことは知らない、話下手でも仕方がない、良い物は黙っていても売れる』などといった職人気質を言い訳にするような職人は、これからの時代は生き残れないかも知れない。SNSも効果的に活用する、デジタル技術も使えるものは活用するなど、時代に寄り添うための努力は必要だし、継続してモノづくりができる環境を維持・進化させるための経営や営業スキルも必要だ。ただ、インスタ映えやネットでのフォロー数で勘違い・増長して、技能・技術でお金をいただいていることを忘れてしまうようなことは、自分自身もだが、常に戒めながら、日々、技能・技術の向上に努めることが重要だと思う。」と、今の職人世界の、状況がよく理解できるお話をいただきました。
別掲のコラムも含め三人の職人さんのお話を伺って思ったことは、一般的な企業に就職し働いていく場合と大きく違うのは、師と呼べる尊敬できる先生の下で、みなさん研鑽を積まれていることです。昔の徒弟関係とは違いますが、ロールモデルと言われるような先生に出会いインスパイアされたことが、その道を目指すきっかけになっています。やはり、技ばかりだけではなく、人から人への伝承でなければ、伝えられないことがあるのだと思います。そういう人物に出会えるかどうかも、職人的生き方をする上で、重要なことだと感じました。
今のモノを大切にしない消費社会には心を痛めており、靴の修理に力を注いでいるのも、使えるものはゴミにはせず、再生して長く使えるようにする風潮になってくれればと思い取り組んでいるそうです。パターンオーダー靴も、気に入ってもらう靴を提供し、愛着をもって使ってもらいたい気持ちで、一足一足丁寧に作っているとおっしゃっていました。そして、お客様がその靴をまめに手入れし、傷んだ時は、当店でまた修理させてもらえるサイクルが数多く出来上がることを目指して頑張りたいと、将来を見据えていました。
大量の商品展示で物欲を刺激し、大量消費を促すビジネスモデルの店が相変わらず人気ですが、反面、食品ロスや、使い捨て消費を助長していることは否めません。良いものを長く手入れしながら愛用していくということは、大量生産企業にとっては、利益を失うことになるかも知れませんが、持続可能社会実現には、〝モノを大切に使う〟ことが不可避な行動だと思えてなりません。三森さんが提唱する「大良生産・大良消費」の市場になって欲しいと、筆者もつくづく思います。
靴工房 YUTA MITSUMORI
山梨県甲府市美咲1-13-11美咲米倉ビル1F東
「夢は、靴作りを長く続けていきたいこと」と、簡素で飾らないお答えでした。その為には、靴修理・靴作りを両輪として、どちらも大切にしていきたいと、三森さんは言います。木型についても、もっともっと勉強し、靴に関わる知識・技能の奥行きを深めていきたいと、あくまでも謙虚に、また、堅実に語っていられたのが印象的でした。
手に技を持ち、その人でなければできないものを作り出せることには敬意を表します。ただ、作り出したモノだけではなく、そのモノづくりの背景に、長く続けていく為の考え方や哲学を持ち、また、向上しつづけたいと思いながら生きている方を、職人と言うのかも知れません。