河口湖畔から車で5分ほど山側に登ったところに、椅子の学び舎と木夢学びの森が見えてきます。間伐され太陽光が降り注ぐ明るい再生されつつある雑木林、そして威風堂々と建つ築95年の古民家。ここが、吉野さんがこれから取り組んで行く夢の実験現場です。職人として良質な家具を提供するだけではなく、使えるものは再生して大切に使い続ける心、材である樹木を次世代に引き継ぐための環境再生、生態系を子供たちが体感できるワークショップなど、真の持続可能社会実現に向けて、精力的に活動されている吉野崇裕さんにお話を伺いました。
椅子の学び舎/木夢学びの森 主宰
大学卒業後、当たり前のように企業に就職することに違和感を覚え、嘘のない仕事をしようと職人を目指す。都立品川高等職業訓練校(現都立城南職業能力開発センター)で、木工の基礎を学び、洋家具作家の第一人者 林次郎氏に師事、伝統工芸作家 須田賢司氏の仕事を手伝った後、1986年に「工房木夢」を立ち上げ独立。1988年、河口湖畔に工房を移転。2022年、古民家の移築を終え、椅子の学び舎をプレオープン。家具作りに留まらず、環境の復元、次世代人材の育成と、その活動は100年後も見据えた活動となっている。
人の手が何年も入っておらず針葉樹が生い茂る放置林であった民有林を買い、家族で力を合わせて間伐を始めたところから、吉野さんの遠大な夢が始まりました。伐採した松などは、敷地内に購入設置した製材機で建築資材にし、太陽光が入るようになって発芽した広葉樹の苗木は移植し、次の世代の為の木材として育てる、そしてその営みを継続してくれる人材も育成していくという、人が何世代にもわたって生きていくための知恵をここで試したいと、吉野さんは静かに語っていらっしゃいました。デジタルテクロジーが社会生活の一部になってからの社会は、スピード、拡大、効率と言ったものに囚われすぎて、短期間の思考習慣に陥っている現代人の一人として、この森に入ると時間軸が全く違うものとして感じ、何が大切なのかを改めて考えさせられました。吉野さんがこれまで製作してきた多くの作品は、何百年と言う時間軸の中で育まれた貴重な木材を使い続けてきたことに思い至り、生きているうちには見届けることはできないが、森の再生は自分にできる使命だと感じるようになったそうです。
武蔵野美術大学名誉教授 島崎 信氏のコレクションなど貴重な椅子250脚や書籍などを展示するため自費を注ぎ込み、また、クラウドファンディングで資金を募り、古民家を移築してプレオープンしたのが、椅子の学び舎です。1階のギャラリーでは、専門家はもちろんのこと、一般の方でも、ため息がでるような素晴らしい椅子の名品が展示されています。先人が残された素晴らしい作品を、後世に伝えていくことの大切さがよくわかります。ここにも悠久の時間が穏やかに流れていることが感じられる空間でした。 2階は、ギャラリー&イベントスペースと自家焙煎珈琲と季節のケーキが楽しめるカフェになっています。新緑や紅葉時期、テラス席では、素晴らしい眺望が迎えてくれます。
2023年春グランドオープン予定
入場料 大人 1,000円(税込)
学生 500円(税込)
現在建設中で、完成後は、河口湖畔にある工房もこちらに移転し、バラエティに富むワークショッププログラムを吉野さんが準備しています。生態系に寄り添うものづくりの体験学習の拠点に必ずやなってくれることと、期待で胸が膨らみます。
日本のものづくりは、手職があって、創意工夫、仕上がりなどにこだわってきた歴史がある。AIが卓越した技をプログラムで再現できる、IoTで自動生産できるという時代になっても、日本のものづくりの原点を捨て去れば、これまでの日本の長いものづくりの歴史が終わってしまうのではないかと心配している。こだわるものづくりを承継してくれる若い人達が、少数でも良いから残ってほしい、また、その為には、自分に何ができるかを一生懸命考え取り組んで行きたいと、吉野さんはおっしゃっています。日本独特のものづくり産業を次の世代に残すためには、作り手だけではなく、次の世代の使い手を育てることも必要だとつくづく思います。
組織に所属して仕事をしても、個人の技量に基づいた生業にしても、必ずつらい局面はある、そこで逃げない強い意志があるかが大事で、職人世界だけが大変だとは思わない、自分の好きな道であれば、信念をもって進んでいけば道は開けると思うと、吉野さんの言。DX社会が進展しても、吉野さんのお話を伺いながら、人の感性が必要なものづくりは、必ず残ると筆者は強く確信しています。
職人系の訓練が減ってきているが、そもそも職業訓練は、受講者の就職率などを問われるので、会社等への就職を前提とした技術・技能のみ習得を目指すが、自分で独立してやっていくためのノウハウ等経営的な視点も併せて教えられれば、単なる職人よりも視野の広い実戦力となる人材を育てられるのではないか。ものづくりの下支えができる技術・技能を持つ者が強いし、やりがいにもつながると思うとの感想でした。
工房木夢(こむ)
工 房
山梨県南都留郡富士河口湖町大石2585-116
(椅子の学び舎隣接地に移転予定)
椅子の学び舎(や)/木夢(こむ)学びの森
山梨県南都留郡富士河口湖町大石2813-4
今だけ良ければいいのか、自分だけ良ければいいのか、森の民である日本人が、これまで綿々と蓄積してきた知恵は、何百年、何千年を生き抜いてきた貴重な循環の歴史であり、それを捨て去り、忘却して良いのか、吉野さんは問い続けています。経済成長がこれからも重要なのだろうか、これまでと違う価値・幸福概念が必要なのではないか、これまでの成長神話を疑ってみることも重要ではないかと問います。そういったことについて木工体験を通して、考え、学習できるコミュニティーに〝木夢の森〟がなることを目指して、吉野さんはこれからも活動を続けます。
手に職を付け、技を磨くことも重要ですが、その時代の中に生き、持続可能な大切なものを次の世代にきちんと引き渡すために汗をかく生き方が職人と呼ばれる生き方ではないかと、吉野さんの生きようを見て、静かに感動した取材でした。